株式会社グリーンサイクルの野口です!
草刈や剪定、植栽のことでお困りの際はお気軽にご連絡お待ちしております。
「シュレディンガーの猫」という量子力学の実験があります。
箱を開けるまで結果はわからない。つまりフィフティフィフティ。結果を知ったからどっちかの結果になったということです。
結果って時には、残酷です。残酷な結果の方が多いです。
楽をする=残酷な結果
努力をする=良い結果
になりやすいから残酷な結果が多くなるのは仕方ないです。
努力をして、残酷な結果はプロセスに存在意義を持たせるとか精神的に別の話になりそうなので割愛します。
つまり、何が言いたいかというと中に価値があるかもしれない石を割るか割らないか。
中身が何にもないのならば割らない状態の方が価値があるかも。
社会に置き換えれば、普通に就職しますか?割ったらとんでもない才能が開花するかもしれませんよ。
無かったら責任は自分で取ってね。失うものは膨大な時間その他多数だよ。
こんな感じでしょうか。
私が大学生の農業研修時代に研修場から車で30分くらいのところに家を借りて友達と2人暮らしをしていました。
この友達がお笑い芸人で今も切磋琢磨しています。
正直に言って、彼は「まだ」売れていません。
でも売れると信じて10年くらい活動しています。そして私も彼の活動を本気で応援しています。
芸人のそいつも私も「石」は、割ろうとしています。気づいたのですが私のようなボンクラは、石を割るだけで10年くらいかかるようです。
そしてやっとこさ出てきたものは、「続ける図々しさ」のみ。
いやまてよ。
努力をする=良い結果ならいい結果になるのでは?
これが落とし穴です。
ここでやめたら終わりです。
勝つまでやるから最後に勝って終われているだけで、その前には信じられないくらいの負けがあります。
ドリカムの「何度でも」の1万回ダメも1万1回目は何か変わるかも」的な奴です。
なので今日からこれを「ドリカム理論」と名付けます。